2017年01月

犬ってなんだろう‥

と、今更ながら考えている。


犬にとって幸せなことってなんだろう。

日々の生活の中では、美味しく食事が摂れて新鮮な水を飲めて、安心して休めること。


でも、生理的な欲求が満たされることは生きるための基本であり、

『幸せなこと』

とは違うような気がする。



それと、ノーリードで自由に好き勝手に生きていくことが幸せでもないような気もする。


ラブは、いつも私たちを見ている。

安心して寝ている時以外は、家の中でも後を付いて歩いたり、私たちが見える位置にいて行動を監視している。

私たちを理解したいんじゃないかな、なんてすごく大げさな解釈をしてみた。


犬も人間と同じで、

『教育』

されることを望んでいるんじゃないかと思う。

教育によって、犬と人間が少しでも多くわかり合うことができた時に、

喜びを感じることができるのだと思う。


芸を教えるのではなくて(それはそれで楽しそう)、

生活する上でのマナー、我が家のルール。

散歩や対人へのルール。

欲を言えば、私たちの気持ち‥


『わかり合う』

喜びを得るために私もラブを理解しなくちゃ、と思った。


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いつもと違う公園の帰り道‥

公園の出口の横断歩道を渡ったところでラブは急に興奮し、私が持つリードを噛んだりくるくる回って怒ったりして、私の制止も聞こうとしなかった。

カラーを強く持って、座るように指示してやっとラブは座った。

それでも尚且つ納得がいかなかったのかラブは私に抗議してきた。


家に戻ってから、私はずっとずっと考えた。

何がそうさせるのかを振り返ってみた。

私の躾が完璧じゃないのは言うまでもない。

でも‥

家を出てから目的地に着くまで、そして目的地を出て家に着くまでの過程は、いつも私の右側を歩き、文句ひとつ言わない。

リードを持つ私は『リード』をしてきたつもりだった。

それ故に、‘“なぜ?”という疑問で悲しかった。

ずっとずっと考えて、

あるところで

“きっと正解だろう”

というところに辿り着いた。


その公園を出たところには横断歩道があり、車の交通量は多くはないものの、途切れることは少ない。

信号機がないため、歩行者がいると車が停止してくれる。

停止した車に申し訳ないという思いから、私はラブと横断歩道を走っていた。

渡り終わったところでラブは興奮し、私に抗議する。


そういえば、以前にもあったなぁ、と思い出した。


公園に入る際は、興奮してもそのまま遊べるから私に抗議することはない。



停止した車に申し訳ないから走っていることなど、ラブには知る由もない。

そして私は、何事もなかったかのように右側を歩かせ、家に戻ろうとする。

ラブの中では、“遊び”の感覚になって、アドレナリンが放出されたところだったのかもしれない。


曖昧な躾と自分の行動に大いに反省している。


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徹底した『拾い食いNG』の躾をしていないため、散歩中に落ちている物をヒョイと一瞬のうちに口に運んでいることがある。

それは、枯葉だったり小石だったり松ぼっくりだったりするが、
時に土の塊や草だったりもする。

口に入れた瞬間に「NO‼︎」と言い、リードを強く引っ張る。

或いは、ラブの口の中に指を入れて出したりもしてきた。

小石や松ぼっくりを咥えて口の中で転がして楽しんで自分で出すうちは、

「かわいいなぁ」

で済むが、

道路や草むらには何が落ちているかわからない。

除草剤が撒かれた草や、腐った食物も落ちている。

故意に毒ダンゴが置かれているかもしれない。

徹底した躾が迫られているのと、散歩中のラブの鼻先・口先の観察で私は今忙しい💧


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このガムはさほど大きくはないものの、それでもカチカチにできている。

にもかかわらず3分で食べ切った(途中から飲み込んだ疑いあり)。

もう少し時間をかけて楽しんで欲しいなぁ‥

とつくづく思う。

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